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スターバックス元CEOが語る、スターバックスがV字回復した理由

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スターバックス・ジャパン元CEOの岩田松雄氏の著書『MISSION-ミッション』(アスコム)が話題になっている。

本書が発売されたのは2012年のこと。8年間に渡ってじわじわと売れ続け、現在は9万部を突破。読者から「スタバで読んで号泣した。」「電車の中で読んで泣けて泣けて困った」などの反響寄せられている。本書には、「ミッション」を重視した経営で、ザ・ボディショップとスターバックス・ジャパンをV字回復に導いた軌跡が記されている。なぜ、ミッションが企業業績を回復に導くのか、岩田氏に語ってもらった。

■ミッションは「企業の存在理由」

――「ミッション」の必要性に気づいたきっかけについて教えて下さい。

岩田松雄(以下、岩田):これまでアトラス(ゲーム会社)、ザ・ボディショップ(化粧品)、そしてスターバックスの3社で8年間にわたって社長をしました。そのなかで「企業経営に最も重要なのはミッションである」と考えるようになりました。ミッションとは、その企業の存在理由と私は定義しています。

例えば、ザ・ボディショップの企業理念は「社会変革」。同社の創業者であるアニータ・ロディックは「ザ・ボディショップは単に利益を上げる企業ではなく、社会貢献をして、世の中を変えていく」という強い信念を持っていました。またスターバックス・インターナショナルの元社長であるハワード・ビーハーは「私たちは人々のお腹を満たしているのではない。心を満たしているのだ」と語っています。

なぜ化粧品店で売上げに関係ないフェアトレードや環境問題について真剣にキャンペーンをしているのか? なぜコーヒーショップで紙コップに「今日もお仕事お疲れさまでした!」と書かれているのか? こうした謎を解く鍵は、それぞれの企業のミッションの体現度にあります。

■スタバで「ミッション経営」を推進した理由

―ミッションの重要性が語られる一方で、「ミッションのようなきれいごとでは、飯が食えない」という指摘もあります。

岩田:利益はもちろん大切です。会社がつぶれそうになっている時は、キャッシュフローを以下作ることが最優先です。どんなによいことをしても、赤字では企業活動が継続できません。また利益はあくまでも手段であって、最終目的ではありません。では、何のために利益を出すのかというと、それは企業が永続して自分たちのミッションを達成するために必要なのです。

利益とミッションはどちらも大切です。「利益か、ミッションか」ではなく、これらを両立させることが経営者の仕事です。ただ、会社の状況によって当然ながら、強弱はつける必要があります。私がCEOとして就任した当時、ボディショップもスターバックスも業績は良くなかったけれど、目先の利益に囚われ、会社の企業理念が何となく薄らいでいるように感じました。だからこそ、私は「ミッションに戻ろう」と働きかけたのです。

■万引き防止の監視カメラを廃止したら…

――具体的には、どのようなことをされたのでしょうか。

岩田:ボディショップでは、アニータの理念やお店でのヒアリングをもとに、「7つのお願い」を作り、社長就任あいさつでみなさんに伝えました。

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1 一緒に働ける縁を大切にしましょう。
2 ともに人間成長しましょう。
3 社長が交代しても具体的な行動を起こさなければ何も変わらない。「ひとりひとりが変革に参画する」気持ちで、会社をよくして行きましょう。
4 社長ではなく現場を見て仕事をしましょう。現場重視・小売の原点に戻って仕事を振り返りましょう。
5 自分の大切な友人を自宅に招く気持ちで接客しましょう。
6 創業の原点に戻り、ファイブ・バリューズを大切にしましょう。常にフィードバック視して無(PDCAサイクル)を仕事に取り込みましょう。
7 ブランドは「お約束」。ザ・ボディショップが目指すブランドにすべての仕事が有機的につながるよう、細部にこだわりましょう。
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例えば5番目の「大切な友人を自宅に招く気持ちで接客しよう。」ですが、お店に行くと監視カメラが設置されている。万引き防止のために設置されていた監視カメラは物理的に取り外せないところ以外は、ほぼ全店撤去しました。お客様を大切な友人だと言っているのに、お客様のことを疑っているのはおかしいからです。理念を守るために、もし万引き率が上がっても仕方がないと腹をくくりました。ところが、結果として万引き率は下がりました。

――監視カメラを外したのに万引き率が下がったんですか?

岩田:教育や待遇を改善することにより、お店のスタッフの皆さんがお客様に目を配り、声をかけ、接客を丁寧に行うことによって、万引き被害を減らせたのだと思います。

また、私が社長を務めた4年の間にザ・ボディショップは売上げを大きく伸ばしました。就任当初67億円だった売上げは、退任した2008年度には138億円。利益は約5倍以上、店舗数は約100店から176店まで拡大することができました。

さらに、うれしかったのは就任当初22%だった離職率が、2007年には2%にまで劇的に下がったことです。従業員の満足度も大きく上昇しました。これは教育や待遇改善に力を入れ、人材の定着を図った結果です。社員たちの欲求がある程度、待遇や報酬面で満たされると、その後は社員たち自身が成長していることを実感できるかどうかが重要になるからです。

■V字回復につながった「ワンモアコーヒー」、無料Wi-Fi

――スタバでCEOとして就任したときもまた、業績が厳しくなりつつある状態だったとか。

岩田:私が社長になる1年ほど前、2008年2月から既存店の売上高が前年同月比を恒常的に下回るようになっていました。当時はリーマンショックの影響もあり、いわゆる高額商品が一斉に売れなくなった時期にあたります。

とはいえ、スターバックスはもともと素晴らしい会社です。お店のパートナーさんのレベルもとても高い。財務状況も申し分ない。私は、皆の意識が少し目の前の売り上げや利益に行っていたのを、スターバックスのミッションを再確認し、原点に立ち戻ることが必要だと訴えました。

――ミッションに基づく施策で印象に残っているものを教えて下さい。

岩田:同日内であれば、全国どこの店舗でも2杯目のドリップコーヒーを100円で「おかわり」していただけるという、「ワンモアコーヒー」というキャンペーンです。これは見方によっては値引きです。そう見せないために、心が弾むようなデザインのチケットを配れば良いと私は考えましたが、即効性を優先し、「レシート」にキャンペーンの詳しい内容を印字し、2杯目を買う際はそれを提示してもらうことにしました。

すると、各店舗のパートナーたちはワンモアコーヒーされるお客様のレシートに書かれた発行した店舗名と発行時刻に注目し、お客様に一声をかけてくれたのです。朝、仙台の店舗で1杯目を飲んだお客様が、夕方に東京都内のスターバックスで「ワンモアコーヒー」を注文するお客様がいたら、「仙台からいらっしゃったんですか」「ご出張ですか? お疲れさまです」と声をかけるといった具合です。朝と二度目の来店だったら「お帰りなさい!」などお声を掛けてくれたのです。こうしたお店での“神対応”には私自身が感動しました。

また、店舗での無料Wi-Fiを始め、ひとり席や電源コンセントも増やしました。当時はまだ珍しかったこともあって、「そんなことしてますます回転率悪くなり業績が落ちるのではないか?」というメディアからの批判もありました。

■「何のために働くのか?」を明確にして働く

――くつろげる椅子があって、インターネット回線も無料で使える。しかも、電源もあるとなると当然、お客様は長居をしますよね……?

岩田:スターバックスのミッションは「人々に潤いを与えること」なので、ゆったりくつろいでもらえることこそスターバックスの存在理由(=ミッション)なのです。しかし実際スターバックスのお客様は「テイクアウト」も多い。テイクアウトできない喫茶店のような業態の場合は、「席数×回転率×単価」で売上が決まってしまう。だから1時間経ったら、「ごゆっくりどうぞ」と言いながら水をバーンッと置きにいく必要がある(笑)。

でも、スターバックスの場合は一人が8時間居座ったとしても、残りの7人がテイクアウトしてくれれば売り上げ的には同じです。実際、お客さんの4割ぐらいはテイクアウトの方が占めています。

――スタバが全国各地にどんどん出店することも、ミッションにかなっていることですか?

岩田:私は「より多くのお客様に、より深い感動」を味わっていただければ、スターバックスのミッションがより達成されるのではないかと考えました。ですからスターバックスの出店を待っているお客さんがいるなら、出来るだけその要望に応えようと思いました。そして全県出店することを目標としました。ただ、お店の数だけ増やしても、サービスの質が追いつかないと、感動にはつながらない。ですからwifiやコンセントを導入したのです。

スターバックスの店舗のパートナーの皆さんが、あんなに生き生き楽しそうに働けるのは、一人一人がスターバックスのミッションを理解し、共鳴し、実行したいと思ってくれているからだと思います。